2007年09月09日

南仏 サント・マリー・ド・ラ・メール

聖女サラ〜ジプシー伝説のお話です。
先日、サント・マリー・ド・ラ・メール(Saintes Maries de la Mer)に ちょこっと行って来ました。

eglise2.jpg

サント・マリー・ド・ラ・メールという町は、13番のブッシュ・ド・ローヌ(Bouches-du-Rhône)県にあり、アルルから近いです。

サント・マリー・ド・ラ・メールとは、「聖なる海のマリアたち」という意味で、イエス・キリストにまつわる伝説からつけられました。

サント・マリー・ド・ラ・メールは、カマルグ(Camargue)という西ヨーロッパ最大のデルタ地帯(930 km²。佐渡島854.88km²よりやや広い。琵琶湖670.33km²)にあり、フランス国内(海外県を入れない)では、アルルに次いで、2番目に広い面積 374.61 km²(阿寒湖 面積380km²)を持つ町です。

フランスのオプショナルツアー



黒い肌の聖女サラ(Sara-la-Kali)像がまつられているサント・マリー・ド・ラ・メール教会が町の真ん中にあります。この教会は、海賊や侵略者たちから町を守るために、要塞型になっています。

sara.jpg

4世紀には、この地に人が住み、村があったそうです。

この町には、ジタン(ジプシー)がたくさん住んでいます。聖女サラは、ジタンたちの守護聖人として、深い信仰の対象となっています。

ここからは、夫が、ジタンの知人から聞いた話です。

セント・マリー・ド・ラ・メールにジタンが多いのは、地中海のそばにあり、魚がたくさん捕れ、その魚をねらった鳥がたくさん来ることから、食べ物(魚と鳥)に困らないから。

聖女サラというのは、この地に住んでいたイスラム教徒のムーア人の女性で、当時は(いつの時代かは不明)ムーア人と、元々この辺に住んでいた人たちは、平和に暮らしていたそうです。

(ムーア人の最初の南フランス侵攻は725年。その後、何度か攻められる)

サラには、今でいう癒しの力(ヒーリング能力)があったそうです。

ある時、ジタンの子供が重い病気にかかり、死にそうになりました。ジタンにもヒーラーはいたのですが、誰もその子を癒すことができませんでした。困ったジタンは、その子をサラのところに連れて行ったのです。サラはその子をたった一回のヒーリングで癒し、命を救いました。

以後、ジタンたちは、このサラの奇跡の癒しの話を代々、子供たちに伝える間に、サラは、聖女サラとして、病気の人を救う奇跡を起こす聖人として、この地に住むジタンたちの信仰の対象になったということです。

教会の上にのぼれば、町が一望できていい写真が撮れると聞いたのですが、のぼる入り口がわからず、あきらめました。

毎年5月24日に、ジプシーたちの守護聖人=聖女サラのお祭りがあり、世界中から観光客が訪れます。

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サント・マリー・ド・ラ・メールのサイト
http://www.saintesmaries.com

posted by マダム・エスカルゴ at 00:00 | パリ 🌁 | Comment(1) | TrackBack(0) | フランス観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
屋根の上に登る階段の入口は、写真に乗っている教会のま裏にあります。
でも、時間指定で閉まっている場合もあるし、
冬場は閉まっています。
私たちも2度目でやっと登ることができました。
ちょうど、2006年の9月末でした。
Posted by nonchimarseille at 2008年02月03日 15:53
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