2006年11月28日

世界遺産 大聖堂ノートルダム・ドュ・ピュイ オート=ロワール県

virgin marie.bmpフランスのサッカー選手グレゴリー・クーペが生まれた市、ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay)にある大聖堂ノートルダム・ドュ・ピュイ(Notre Dame du Puy)です。1998年12月8日、世界遺産に指定されました

ル・ピュイ=アン=ヴレは、人口2万2千人の小さな市ですが、オート=ロワール県の県庁所在地です。

大聖堂ノートルダム・ドュ・ピュイは、聖母マリア信仰のための聖地として、起源は5世紀にさかのぼります。11世紀から16世紀にかけて、フランスでの聖母マリア信仰の巡礼地として重要な役割をはたしました。

cathedral.bmp1794年、なぞに包まれた黒いマリア像が焼失しますが、13世紀の古文書や、12-13世紀のフレスコ画や立像などをもとに近年復元されました。⇒海外ブログキング

ル・ピュイ=アン=ヴレ市観光局WEBサイト
http://www.ot-lepuyenvelay.fr/index.html


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2006年11月27日

グレゴリー・クーペ チンパンジーの守護神になる!

Gregory Coupet.bmpグレゴリー・クーペ(グレゴリー・クペ)Grégory Coupetは、
サッカーの守護神=ゴールキーパーだけではなくて、
チンパンジーの守護神でもあります。

グレゴリー・クーペというフランス人サッカー選手をご存知ですか。
わりとかっこいいです!(^^)!
グレゴリー・クーペは、ワールドカップ・フランス代表ゴールキーパー。
1972年12月31日生まれの33才。身長181センチ、体重80キロ。
出生地は、ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay)所属サッカーチームは、オリンピック・リオネ。

グレゴリー・クーペは、ゴールキーパーとしてもかっこいいけど、
フランスの子供用のテレビコマーシャルにも出ていて、
密かにお気に入りにいれていたマダム・エスカルゴーです!(^^)!

今回、動物が大好きということで、この資金集めに参加した
グレゴリー・クーペ、ますますファンに!!!⇒海外ブログキング
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posted by マダム・エスカルゴ at 23:49 | パリ ☀ | フランス・セレブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ディープインパクト 天馬駆ける!

deepimpact.bmp ディープ・インパクトが健在ぶりを見せてくれました。第26回ジャパンカップで優勝し、国内最高賞金の2億5000万円を獲得したそうです。ヤッター!

ディープ・インパクトって本当に本当にすごい馬なんですね。。
武豊騎手も大満足。

ディープインパクトって、「飛ぶ馬」なんですって。。
天馬(てんま)の生まれ変わりか(笑)。
それだけに、フランス遠征では、汚名をかぶってしまい、残念です。
でも、この優勝で、池江泰郎調教師も無念の思いをを晴らされたようですね。
よかった!(^^)!

12月24日クリスマスイブの有馬記念が引退レースなんですってね。。史上最強の名馬の引退レース。きっと競馬史上にさん然と輝く、最高のレースになることでしょう。⇒海外ブログキング

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2006年11月26日

フランスのキナ・リレ ジェームズ・ボンドで有名に!

Kina Lillet.bmp
ジェームズ・ボンド新カクテルでフランス酒造会社に注文殺到
人気映画「007」シリーズの最新作「007/カジノ・ロワイヤル」が公開となって以来、フランスの小さな酒造会社(リレ社)に注文が殺到している。
これまでの作品では、ジェームズ・ボンドは「ウォッカ・マティーニをステアせずにシェイクで」と頼むのが定番だったが、今回の新作で英国人俳優ダニエル・クレイグが演じるボンドは、ゴードンのジン、ウォッカ、キナ・リレに氷をいれてシェイクし、薄切りのレモンの皮を添えたカクテルを注文。
以来、アペリティフ(食前酒)のリレを製造する従業員わずか7人のフランスの会社に、米国から商品の注文やカクテルに関する質問が入ってきているという。⇒海外ブログキング

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2006年11月25日

マヨネーズはフランス生まれではなかった!

maison1.JPG

マダム・エスカルゴーは、マヨネーズは、フランス人が作り出したもの
だと思っていましたが、調べてみたらちがいました。
発祥の地は、スペインの小さな島でした。
小さな島という意味の「メノルカ島 Menorca」というところです。

以下、キューピーマヨネーズから引用

18世紀半ば、地中海に浮かぶメノルカ島(スペイン)での出来事。
当時イギリス領だったこの島をフランス軍が攻撃しました。
その時の総司令官リシュリュー公爵
マオンの町で食事をした店で出会った見慣れないソース。⇒海外ブログキング
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posted by マダム・エスカルゴ at 11:14 | パリ | フランスの食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フランス人はブログがお好き!

blue1.JPG
フランス人に「ブログ blog」という英語が通じますよ。それだけ、フランスでは、ブログが浸透しているということですね。インターネットの普及率は、ドイツや北欧に比べてフランスは低いのに、ブログを書くフランス人は、ヨーロッパで一番多いということです。

「ブログ」って何?と思った方! 
あなたが今読んでいるマダム・エスカルゴーのこの日記がブログです(^^♪
つまり、インターネット上に書く日記のことです。⇒海外ブログキング
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posted by マダム・エスカルゴ at 10:28 | パリ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

フランス式手作りマヨネーズ! 簡単スプーン1本でできるよー!

yolk.jpg 
ゆうべの話です。アボガドのサラダにつけるMちゃんが大好きなマヨネーズ(市販)がなくなっていたので、急きょ、Mちゃんの指示で、その場で、マヨネーズを作ってみました。所要時間5分
 
なんとなく作り方は知っていたのだけど、自分で作ったのは初めてです。アボガドは、マヨネーズなしでそのままが好きなマダム・エスカルゴーは、自分が作ったマヨネーズはちょっとお味見しただけ(笑)。Mちゃん、大満足!これからは、マヨネーズは買わないで、自分で作ることにします!(^^)!
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posted by マダム・エスカルゴ at 21:00 | パリ ☔ | フランスの食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

天才ピカソが愛した南フランス 土と炎との出会い

pablo.jpg パブロ・ピカソの陶器

マダム・エスカルゴーの郷里、山口で
パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の焼き物の
ピカソ監修作品およびレプリカ(複製)展が12月1日より始まります。
郷土愛が強い(・・? マダム・エスカルゴーからのお知らせです。

ピカソ自身の手で作った本物でないのは、残念ですが、
まずは、レプリカでピカソの作品がどんなものか知って、
南仏に本物を見に来てください!(^^)!⇒人気ブログキング
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posted by マダム・エスカルゴ at 21:41 | パリ ☔ | フランスアート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仏セーブルで欧州収蔵の「唐津」「有田」の日本陶芸展

porcelaine de Sevres.jpg

以下、西日本新聞パリ支局長 井出季彦氏 執筆記事より引用させていただきました。

欧州収蔵の「唐津」「有田」も仏セーブル(Sèvres)で日本陶芸展

95人の作品150点 11月17日より2007年2月26日まで

フランスをはじめイタリア、ドイツ、チェコなど欧州各地の美術館や個人が収蔵する日本の陶芸作品150点を集めた「陶磁―日本陶芸の伝統と前衛」展が17日、パリ郊外(ヴェルサイユ近く)の国立セーブル陶磁器美術館で始まりました。⇒海外BlogRanking
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posted by マダム・エスカルゴ at 19:51 | パリ ☔ | フランスアート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

ディープインパクト失格、フランスギャロの発表

bilde.jpg
ディープインパクトは、凱旋門賞失格になったですねぇ(-_-;)
なんか悲しいです。。。
不運だったということでしょうか!

池江泰郎調教師のコメントに、「喉の吸入治療中に器具のチューブが外れて
薬品が近くにあった敷料や牧草などに飛び散ったことがあり、その一部を馬が摂取した可能性があることから
『私ども関係者による不注意によるもの』」とあります。。⇒人気ブログキング
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posted by マダム・エスカルゴ at 19:12 | パリ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名探偵ポアロ Yahooで無料で見られます 11月30日まで

poirot.jpg

緊急ニュース!!!

デビット・スーチェ主演のあの「名探偵ポアロ」 
Yahooで無料で観られます!!! 11月17日から11月30日まで
http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00012/v00598/1/

わたしは海外在住のため、IPアドレスが日本国内ではないので観られません。
非常に残念!あとで、Yahoo UKをチェックしてみようかしら!⇒海外Rankingへ 
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posted by マダム・エスカルゴ at 19:05 | パリ ☔ | フランス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フランスのセーヴル焼きとは

servre.bmp
パリからベルサイユに向かう途中にあるセーヴルという町で18世紀に発展した焼き物がセーヴル焼きです。

セーヴルは、パリのすぐ近郊に位置し、セーヌ川に面する。
町にはトラムが走りラ・デファンスやパリ市南部へ、
またバスやセーヌ対岸のビヤンクールからメトロに乗れば
直接パリ市内中央へのアクセスも近い。

またパリからヴェルサイユへ向かう方面の途中に位置し、
その方向の郊外電車の駅もある。⇒海外Rankingへ

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posted by マダム・エスカルゴ at 08:40 | パリ ☔ | フランスアート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

フランス以外のユーロ圏各国も、ユーロの強さを懸念

07112006-2.JPG

1ユーロって、なんと151円もするんですね。。
1ドルは、118円弱なので、それに比べるとユーロは高いです!
1ポンドは、223円です。高い!

日本からユーロ圏やイギリスに旅行したり、
留学したりするひとは大変ですね。

Yahooの外国為替レート表

フランス以外のユーロ圏各国も、ユーロの強さを懸念=シラク大統領

フランスのシラク大統領は16日、フランスだけでなく、
他のユーロ圏各国もユーロの強さを懸念しており、
欧州中央銀行(ECB)に対する批判は容認されるべき、
との考えを示した。

14日にはフランスのドビルパン首相が、
ユーロの外為レートは欧州中央銀行(ECB)だけに
委ねられる問題ではない、と述べていた。

シラク大統領はスペインのサパテロ首相との会談後、
記者会見で「ECBによって代表される機関に対して
われわれは皆、最大の敬意を払っている。
しかし(ECBの)行動や決定、さらに加盟国に
極めて深刻な結果をもたらす事柄については、
われわれが判断を下せるというのが筋だ」と語った。 

ECBに対する批判はフランスだけが行っているわけではなく、
とりわけユーロを導入している各国が連携して行っている、とも語った。

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posted by マダム・エスカルゴ at 10:36 | パリ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月17日

フランス初!女性大統領候補誕生!セゴレーヌ・ロワイヤル女史

royal1

どうなるフランス大統領選挙〜セゴレーヌ・ロワイヤル(2006年11月14日の記事)で紹介した、
セゴレーヌ・ロワイヤル女史!
きのう11月16日のフランス社会党の大統領候補の選挙で、
60.6%の圧倒的支持を得、他の2人の候補を断然引き離して、
フランス共和国史上初の女性大統領候補に選出されました。


こちらに動画あり

royal2


Royal appelle les Français à se "rassembler" pour "imaginer la France" d'après 2007

MELLE, Deux-Sèvres (AP) - C'est de la France dont Ségolène Royal a voulu parler pour sa première déclaration de candidate officielle du PS depuis son fief de Melle: après sa large victoire dans la primaire de son parti, elle a appelé vendredi "tous les Français" à se "rassembler" et à se "mobiliser" pour "imaginer ensemble" la France d'après 2007.

"Je lance un appel aujourd'hui à tous les Français, hommes et femmes de notre pays: rassemblez-vous, mobilisez-vous, demandez-vous ce que vous pouvez faire pour notre pays. Imaginons ensemble une France qui aura le courage d'affronter les mutations sans renoncer à son idéal de liberté, d'égalité et de fraternité", a lancé cette fervente avocate de la démocratie participative dans une déclaration de douze minutes prononcée depuis son fief de Melle, en Poitou-Charentes.

Un appel qui n'est pas sans rappeler le slogan de Nicolas Sarkozy pour la présidentielle: "Imaginons la France d'après".

Englsih 英語
France's Socialists back Royal for president
PARIS (Reuters) - Segolene Royal won backing from her Socialist Party to become France's first woman president in next year's election, promising change to many voters tired of a generation of male leaders from the same elitist mould.

Party officials said Royal won 60.62 percent of the vote in a Socialist primary ballot -- a result likely to silence many leftist critics who had portrayed her as a lightweight populist and inexperienced campaigner.
"The fact that I have been chosen in this way is something extraordinary," said Royal, smiling radiantly and visibly moved.

"I want to embody change and give it credibility and legitimacy. And I think today, I have received this legitimacy," she told reporters in her western France stronghold, where she is president of the Poitou-Charentes region.

The victory banished fears in her camp of a potentially damaging second round run-off vote and gave her the endorsement she had been seeking to take on the right's likely candidate, Interior Minister Nicolas Sarkozy in 2007.


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posted by マダム・エスカルゴ at 23:19 | パリ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

超セクシー注目!フランス・ナディアの“ロック”

Nadiya.jpg

ナディア(Nadiya)の“ロック(Roc)”という曲最高!
めっちゃ、元気が出る曲です(^_-)-☆

今一番、のっているフランスの女性歌手かもしれません!
なんせ、セクシー!

nadyii.jpg

Nadiya(本名Nadia Zighem)両親はアルジェリア系移民で、
Nadiyaを含めて7人の子持ち。
Nadiyaは、1973年6月19日ツール(Tour)生まれ。
16才の時、陸上競技800メートル走でフランス・ナンバーワンになる。

その後、20才の時、歌手を目指してパリに移り住む。
「Graine de Star グレーヌ・ドゥ・スター(スターの種)」
という番組に参加(1996年23才)、
続いて初シングルを発表するが、パッとせず、出産&子育てに専念。

2000年代初めに再度シングルを発表したが、ヒットしなかった。
そして、ついに2004年半ば過ぎ「Parle Moi パルル・モワ」(私に話して)がヒット!

nadiya%203.jpg

この曲は、「様々な虐待を受けても誰にも打ち明けられない女性のために
勇気を促す意図で作ったとのこと。ただのアイドル歌手ではない。

Nadiya 最新アルバム

テレビのニュースで観たんだけど、フランスでは、
10人に1人が夫から暴力を受けた体験があり(調査会社による数字)
月に6人の女性が夫の暴力に命を奪われているそうです。
(フランスだけではなく、イギリスもです。世界中でってことです。)

怖い現実があるんですよ。

男性のみなさん、暴力はいけません!
(時には、女性も!)← 笑 かよわい男性をいじめてはいけません!
いるんですよ、たまに、暴力妻!

暴力夫というのは、教育がない粗野な男とは限らないそうです。
インテリから肉体労働者まで、あらゆる階層に潜んでいるそうです。
それも家庭が不幸だった男が暴力夫になるわけでもないのだそうです。

だから、フランス人男性と結婚するひとは気をつけてくださいね。
フランス人男性だけではないけどね。。

恋に落ちて、パッと結婚しないで、
1年くらいは、一緒に暮らして、観察することが重要です(^_-)

フランスでは、PACS法(準結婚法)が、外国人に対しても適用されるので、
正式に結婚しなくても、滞在許可証がでます。

マダム・エスカルゴーの夫Mちゃんは、暴力夫とは、ほど遠いやさしい人です。
もち、マダム・エスカルゴーも観察期間を置きました。
合格!→ → → → → → → → → 結婚!

花嫁修行に 合気道!護身術!など、
暴力夫をのさばらせないためいいかもしれません(^_-)

なんか、話がそれてしまいました。

Rocここから視聴できます。

Webnadiya  

ナディア・オフィシャルサイト

YouTube - Nadiya

nadiya%201.jpg


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posted by マダム・エスカルゴ at 22:07 | パリ | フランス・セレブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

「ボージョレ・ヌーボー」解禁 

フランスボージョレーのコンクールで第1位になった生産者の造る2006年ボージョレーヌーボー


イギリスのカンタベリーにいた時は、Mのフランス人の友人がボージョレー出身のひとで、
毎年、彼が経営するカンタベリーのフレンチ・カフェ
カフェ・サンピエール Café St. Pierre」で、常連客を招待してやる
ボージョレー・ヌーボーの会に呼ばれて行っていました。⇒海外ブログランキング 続きを読む
posted by マダム・エスカルゴ at 08:08 | パリ | フランスの食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

アンヌ・ドートリッシュ〜太陽王ルイ14世の母

Anne d'Autricheアンヌ・ドートリッシュ

アンヌ・ドートリッシュ Anne d'Autriche (1601-1666)、このかたは、フランス人ではなくて、スペインのハプスブルク家の出身です。

フランスに嫁いで来られたので、スペイン語式の呼び方、アナ(Ana)ではなく、フランス式にアンヌ(Anne)と呼ばれていました。

ヨーロッパ一の美貌と優雅さをもった王妃といわれたひとです。
フランスにチョコレートをもたらしたひとでもあります。

14歳で同じ年のルイ13世に嫁ぎます(1615年11月25日)。
ルイ13世の女性に対する根深い嫌悪感(特に美女に対して)や母后=マリー・ド・メディシス、宰相リシュリューとの不遇でつらい結婚生活を送ります。

王妃アンヌ・ドートリッシュの真の偉大さは、こうした不遇に耐えたことです。

Louis13 ルイ13世

夫に嫌われ、避けられていたという理由のほかに、2度の流産をしますが、37歳のときに待望の世継ぎ、ルイ14世を出産。5年後にルイ13世が亡くなると、ルイ14世の摂政となります。マザラン枢機卿を登用し国事にあたらせました。

摂政アンヌは、息子ルイ14世をできるだけ自分の部屋で育ようとしました。これは、王族としては、珍しいことです。

摂政アンヌは、スペイン・ハプスブルグ家の宮廷で当時のヨーロッパで最も儀式を尊ぶ王女教育を受けていました。ルイ14世に完璧な礼儀作法、威厳、優雅さ、趣味の良さ、宮廷の取りしきり方などを教えたのです。

母親として、息子に当時のヨーロッパでの最高の君主教育を施したということですね。

イングランド王チャールズ1世の重臣バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズの王妃アンヌに対する熱い、だけど報われなかった恋は、有名です。挙句のはてに、バッキンガム公が率いたイングランド軍がラ・ロシェルの戦いでフランス軍に惨敗すると、見方であるイングランド軍から暗殺されてしまいます(1627年)。
 ↑↑↑
かわいそうすぎる!!!(・_・)

摂政アンヌと宰相マザランは、最初のうちは、愛情関係はありませんでしたが、後に、密かに結婚していたと言われるほどの親密な関係になります。その関係は、マザランの死(1661年)までの18年間続きます。

※マザランは、フランスに帰化したイタリア人。

この二人は、協力して、フランスの大世紀と言われる時代の礎を築きました。激動の時代に、フランス国王の座を守り抜いただけではなく、フランス王国の領土を広げ、次の国王ルイ14世に引継いだのです。

1666年1月20日、アンヌは乳がんで亡くなります。64才。

ルイ14世は母后のベッドの足元に布団をしいて着のみ着のままで、幾晩も看病されたそうです ←ウルウル(T_T)

やっぱり手塩にかけて育てた息子は、違いますねぇ(^^)

Louis14 太陽王ルイ14世.jpg

「この方は我が国における最も偉大な王妃の中に数えられるに値します」と側近の者が言うと、「いや、王妃アンヌは、我が国の偉大な王と並び称される」とルイ14世は、訂正され、絶賛されました。


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posted by マダム・エスカルゴ at 20:07 | パリ ☁ | Comment(0) | フランス・セレブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

フランスに亡命したチェチェン人親子

map01.jpg

マダム・エスカルゴーは、最近、ここ南仏でチェチェン人のマダムKと知り合いました。
マダムKは、現在45才で、家族とフランスに亡命して、2年半になります。

最近、マダムKから、フランスに亡命するにいたった事情を聞き、世界情勢に対する自分の無知を思い知らされました。マダム・エスカルゴーは、チェチェンで何が起こっているかなんて、ちっとも知らなかったのですよー。恥ずかしい(^^ゞ

マダムKのお話を聞いて、遠い過去の恐ろしい時代のこととして忘れていた広島の原爆ドームで見たことや、日本人の戦争体験者のお話が、今、ここ南仏でよみがえって来ました。

マダムKの体験された悲惨な戦争は、60年余り前の太平洋戦争があった頃のことではなくて、なんと今、21世紀に、フランスからそう遠くない国で起こっているのですから。。ショックでした。

そして、マダムKのお話をブログに書くことによって、多くのひとに、チェチェンでいったい何が起こったのか、起こっているのか、お伝えできたらいいなと思っています。

チェチェンの状況を手短にいうと、
小さいながらも資源が豊かで平和で、独立して暮らしたい国が、ロシアという貪欲な野獣に食い物にされていて、ズタズタになっている!

世界中のひとがそれを見て止めろと言っているのに、野獣は平気で続けている。


それで、過激になった一部のチェチェン人がロシアに反撃しているが
野獣の残虐性を煽っているだけで、たちまちのうちに反逆者は食い殺されてしまう。そんなところです。

まず、チェチェンという国の名前は、ベスラン学校事件やモスクワの劇場占拠事件などで、なんとなく聞いたことがあっても、いったいどこにあるのかわからないひとが多いと思います。マダム・エスカルゴーもよく知りませんでした。

上の地図を見てください。カスピ海のそばにあるとても小さな国です。

面積は、日本でいえば、四国4県をあわせたほどだそうです。人口は80万人くらいで、そのうち半分は難民として国外に逃れています。戦争前は100万人。公用語は、ロシア語とチェチェン語。
宗教は、イスラム教。女性は、スカーフで髪をおおっていません。

マダムK夫妻と息子3人(当時8才、12才、15才)は、2002年の春、ウクライナ人運転の大型トラックのコンテナの荷物の中に隠れて、4日間かかって、南フランスのニーム(Nime)に到着。トラックの運転手に大金を払って、ほとんど何ももたず、チェチェンから命からがら亡命してきました。

マダムKには、もうひとり娘がいて、当時20才、すでに結婚して乳飲み子がいたため、置いて来たそうです。

とにかく、あのまま、チェチェンにいたら、親子5人、飢え死にするかもしれなかったし、国が荒廃してしまって、子供たちのことを考えるといたたまれなくなり、生きるため、意を決して、亡命したとのことでした。

ニームに着くと、親切なフランス人女性が食べ物をわけてくれたそうです。

マダムKも家族も当時はフランス語を全く話さなかったのですが、フランスの警察に行き、なんとか事情を説明。

警察から、マルセイユの難民収容所に連絡があり、翌日、難民収容所のひとと電車で、マルセイユに行き、そこで、フランスでの新しい人生が始まった!ということでした。

爆撃で、家々はすべて破壊され、食べ物も、飲み水さえなく、1週間冷たい地べたで、マダムKの家族は、生き残った近所のひとと、眠ったそうです。

ある時、空襲が始まって、地下の防空壕に近所の女性と子供たちと隠れていた時、ひとりの妊婦さんが突然産気づいたそうです。

夜で、明かりもなく、真っ暗。水もない。ベッドも何もない。医者もいない。爆撃の音が鳴り響く。恐怖ですくむ。爆弾の音が近づいて来たので、みんなその防空壕から逃げ出し始めました。

マダムKも逃げ出そうとしていたのですが、動けなくなったその女性に懇願されて、残ることにしました。マダムKは、4人の子供を産んだ経験から、その女性のそばにいて、出産を助けることにしたのです。

マダムKは、その女性に「息を吐いて、力んで!」と言って励まし続け、なんと男の子が2人=双子が生まれたんだそうです。

でも、へその緒を切るハサミもありませんでした。
それで、仕方がないので、マダムKは、自分の素手で赤ん坊のへその緒を引きちぎったそうです。そして、双子をくるむ布もなにもなかったので、
自分が着ていた上着を脱いでそれにくるんだそうです。

その双子の男の子も母親も、現在もチェチェンにいて無事で、男の子は、大きくなっているそうです。

爆撃であまりにも多くのひとが殺されて死ぬ毎日。マダムKは、死んだ人を見るたびに泣いていましたが、あまりに毎日のことなので、次第に無感覚になってしまって、ただ無表情に、遺体を埋める作業を手伝うようになってしまったそうです。

最大15人のひとが一度に亡くなって、埋めたことがあるそうです。

今でも、時々、爆撃の音が聞こえて来て、恐怖がよみがえってくることがあるということです。

マダムKのご主人は、ロシアの歯科大学を出た優秀な歯科医でした。でもフランスでは、ロシアの資格は使えないので、今は、車の修理工として働いています。

3人の息子は、下2人が学校に行っていて、長男は、調理師になってレストランで働いているそうです。3人の子供は、フランス語はペラペラ。そのほかに、ロシア語、チェチェン語、ウクライナ語も堪能とのこと。

彼女の今の願いは、1日も早く、親子5人全員フランス国籍を取って、フランスのパスポートで、チェチェンに一時帰国し、娘と孫に会うこと。

その願いは、早ければ、来春早々にも実現できそうとのことでした。

マダムKによると、チェチェンには、最近ようやく平和が訪れかけているということです。

でも、食料を含めた物資は相変わらず不足しているそう。なので、マダムKは、今まで何度も家族や親戚に頼まれて、フランスから、めちゃくちゃ高い書留郵送料を払って、いろいろなものを送ったそうです。

でも、その荷物が着くと、親戚中で奪い合いが始まるそうで、最近、娘から、荷物の奪い合いで、親戚の仲が悪くなったので、送らないように言われたとのこと。

マダムKは、フランスで暮らし始めてしばらくして、激しい腹痛に襲われて、なんと3回も腹部の大手術をしたそうです。

長い間の恐怖、悲しみ、激しいストレスなどの感情が体内に隠れていて、ほっとした頃に、腹部に痛みとなって出てきたのでないかと
マダム・エスカルゴーは感じました。

戦争という過酷で悲惨な経験を通してマダムKが得たもの、一番大事なことは、平和!平和!平和なくして家族の幸せはない!お金なんて、何にもならない!
チェチェンにいた時は、お金があっても食べ物がなくて買えなかったから。

※マダムKいわく、チェチェンの人たちは、早く石油を取り尽くしてしまえばいいと思っている。石油がなくなれば、今、石油に群っている貪欲(どんよく)な国やひとたちは去って行く。そうすれば、チェチェンに、本当の平和な生活が訪れる。石油が量的に限られた資源であってよかったわ。石油なくても暮らしていけるんだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Khassan_Baiev.jpg

ところで、11月16日から30日まで
チェチェン人外科医「戦場の医師ハッサン・バイエフ氏」が来日され
東京、水戸、横浜、札幌、長崎、広島、京都、弘前で講演が行われることになっています。

詳しくは、

わたしのブログ「戦場の医師ハッサン・バイエフ氏」来日講演会および、
「ハッサン・バイエフを呼ぶ会」のWebサイトを見てください。

ハッサン・バイエフ氏略歴
(1963−)外科医、柔道家。チェチェンの首都グロズヌイ郊外、アルハン・カラ生まれ。
1977年ソ連邦ジュニア柔道大会で優勝し、以後多くの柔道大会にて金メダルを獲得。
1985年クラスノヤルスク医科大学卒業。
1988年チェチェンに帰国し、首都グロズヌイにて形成外科医として医務につく。
1994年ロシア−チェチェン戦争の勃発とともに、野戦外科医として活躍。
敵味方を区別しない医療活動のために、ロシア連邦軍とチェチェン過激派双方から命を狙われる。
2000年米国へ亡命、
同年11月米国NGOヒューマンライツ・ウォッチから「2000年人権監視者」の栄誉を受ける。
著書に「誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」(2004年)アスペクト刊がある。

誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語

この本の中には、ロシアの兵士がチェチェンで何をしているかの真実が書かれているそうです。
この本を読まれた学生クマさんのブログによると
「中でも酷いのは犯罪者を戦闘員にしている傭兵と呼ばれる人間です。
彼らのチェチェンでの行動は目を覆うばかりの残虐性に満ちたものばかり・・
・チェチェン人の赤ん坊をボールのように蹴りまわして空中で撃ち殺した。
・旦那の目の前で嫁や妹を集団でレイプした。
・病人が車に乗っていて一刻を争う事態でも金を渡さなければ検問を通さない。
・火事場泥棒よろしく他人の家から物を持ち去り、そこかしこに糞尿垂れ流す。
・ウォッカを出さなければ撃ち殺す」

マダムK一家が亡命したのもうなづけます。
もし、わたしがこんな状況にいたら、わたしも自分と家族のため、
どんなことをしても亡命していると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●歴史
ソ連邦崩壊後の1991年11月、チェチェン大統領ジョハル・ドゥダエフは
ロシアからの「独立」を宣言した。

ロシア連邦政府はチェチェンの離脱を拒絶し、1994年12月にロシア大統領(当時)ボリス・エリツィンはチェチェン独立を阻止するため4万の軍隊を派遣し、10万人の死者を出した第一次チェチェン紛争に突入。

1995年2月にロシア軍、チェチェンの首都グロズヌイを制圧。
1996年8月にエリツィンとチェチェンの武装勢力のリーダーの間で停戦合意。
1997年5月にはハサヴユルト協定が調印され、五年間の停戦が定められた。
1999年8月7日「大イスラム教国建設」を掲げるチェチェン側武装勢力は、
和平協定を破り突如隣国のダゲスタン共和国へ侵攻。
同時期にモスクワではアパート爆破などの大規模なテロが発生。
停戦無効になる。
1999年9月、ロシア連邦軍がチェチェンへ進撃。紛争再開 ⇒第二次チェチェン紛争
ゲリラ化したチェチェン独立派は、モスクワ等で爆弾事件、占拠事件などを頻発に起こし紛争は泥沼化。

独立派"大統領"であったアスラン・マスハドフ、その後任であったアブドル・ハリム、
過激派指導者シャミル・バサエフ等、独立派の主要人物が軒並みロシア治安当局によって殺害される。
2003年10月の大統領選挙で初当選したアフマド・カディロフは、
2004年5月9日、独立派のテロにより暗殺された。
(カディロフは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が立てた指導者)
2004年8月大統領選挙が行われ、アル・アルハノフ(47)が当選した。
2005年3月、アスラン・マスハドフは、ロシア軍特殊部隊に暗殺された。
マスハドフ側がどんなに和平を呼びかけても、プーチン政権は応じようとせず、暗殺。

94年以来、10年以上つづいているこの戦争の死者は20万人以上で、その多くは民間人

●ロシア軍がチェチェンでやっていることは、ジェノサイト
(1つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為)

ロシア側が「テロリストを匿っている」と判断した村落を包囲し、
住民のうち10歳から60歳代にいたる男性をすべて拘束して尋問を加え、
場合によっては逮捕者の多数を殺害するというもの。

ロシア連邦は、なぜそこまでやるのか
チェチェンで原油が産出される。
カスピ海のバクー油田からのパイプラインが領内を抜けている。
そのため、チェチェンを自国のコントロール下に置きたい。

マダムKや彼女の周りのチェチェンの多くの市民は、原油が発見されて、
奪い合いのために、戦争が始まったと言っています。

その他には、ロシアの政治的理由。
第一次チェチェン戦争は、エリツィン大統領再選のために必要であった。
第二次チェチェン戦争は、エリツィン大統領が選んだ ウラジーミル・プーチン現首相
世論調査で順位を上げるために必要とされた。

ロシアの軍部・情報機関を中心とする政治勢力の懐(ふところ)を潤わせるため。
彼らの名=「シラビキ」(力の人々=武闘派)」という。
シラビキの利益は、チェチェン戦争参加による、戦争および復興予算の着服、
現地での違法な石油密売への関与、チェチェン独立派への武器の横流し、
現地住民の拘束と金銭による釈放(=営利誘拐)。

チェチェン総合情報 chechennews.org

チェチェンで何が起こっているのか

10261.JPG

ここまで、読んでくださったあなた、ありがとうございました。
チェチェンで何が起こったかわかっていただけたらうれしいです。
21世紀の今は、地球はひとつですから、遠く離れた国で起こっていること!
では、すまなくなっています。
どこかの国の痛みは、自国の痛み。
どこかの国のひとの痛みは、わたしやあなたの痛みです。

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posted by マダム・エスカルゴ at 05:11 | パリ ☁ | フランスから世界を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

第一次世界大戦・終結記念日11月11日

1914-1918.JPG 出兵する若いフランス人兵士

今日、11月11日は、フランスでは、1914年7月に始まった第一次世界大戦(欧州大戦)が、1918年のこの日終結したので、記念日です。
"Armistice(アルミスティス)"といいます。

発端は、中学の世界史の授業でやったと思いますが(^^)1914年6月,セルビアの民族主義者が,ボスニアの州都サラエボで,オーストリア皇太子(フランツ・フェルジナンド)夫妻を暗殺したことからです。

Franz Ferdinand of Austria.jpg フランツ・フェルジナンド皇太子

この戦争では、ドイツ軍が史上初、毒ガスを使ったんです。死んだひとの数がすごくて、参戦国すべてを合わせると1000万人とかいわれています。

フランスでは、全国の市町村から、働き盛りの男がすべて消えたといわれているくらいです。

ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマントルコなど(中央同盟国)対するは、イギリス、フランス、ロシア、日本、イタリア、アメリカなど(連合国)北欧諸国は、大戦中一貫して中立を貫きました。


ロシアでは、この戦争の負担と政府および皇帝の無能と混乱から、
ロシア革命に発展します。

第一次世界大戦開戦時にイギリス海軍大臣であったウィンストン・チャーチルは、
「第一次世界大戦以降、戦場から騎士道精神が失われ、戦場は単なる大量殺戮の場と化した」と評しました。

↑さすが、チャーチルですね。
なかなか妙なことをいうもんです。

111106.JPG 菊の花で飾りつけしてあります

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posted by マダム・エスカルゴ at 21:08 | パリ ☁ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャック・マイヨール〜わたしが愛するフランス人

mayol1.jpg

「自然と寄り添い、自然と調和したとき、無限の可能性が生まれる」 

「大自然の大気中には、全ての生命を生かしている見えないエネルギー、プラナが満ちている。このプラナをスムーズに体内に取り入れる事に依って、最大限の生命力を発揮できる。」

「呼吸は、大宇宙の母と、その子宮の中で育まれている私達とを結ぶ、へその緒の様なものだ。」

「イルカは高度な“知性”を持ちながら、自然と完全に調和して生きている。その生き方から学ぶことに依って私達も、自然と調和する道を知ることができる。」

「鯨達との交感に言葉はいらない。コミュニケーションではなく、ハーモニーするのだ。」

「推進100メートルの青い静寂の中で聞こえる音がある。それは、音というより、宇宙の大いなる生命の響き、ヨガのマントラ“オーム”に似ている。

わが愛するジャック・マイヨールの言葉です。

mayol.gif

ジャック・マイヨールは、(Jacques Mayol 1927年4月1日- 2001年12月23日)は、
上海生まれのフランスのフリーダイバー、そしてイルカの友、イルカに導かれた男。

建築技師だった父親の仕事で中国上海のフランス人租界に生まれる。幼少の頃からピアノを習い、龍村仁監督のインタビュー映画「地球交響曲第二番」では、ベートーベンの「月光」を華麗に演奏。
(その音色にマダム・エスカルゴー、しびれました!)

ジャック・マイヨールのお母さんの名前がなんと、マルセイユ!
(関係ないですけどぉ・・)

10歳の時に、佐賀県唐津市の七つ釜ではじめてイルカと出会い、その後の生活の原点となる。世界大戦の影がさし始め、13歳で一家でフランス・マルセイユに戻る。

高校を出ると、ドイツ占領下のフランスに嫌気がさしたジャックは、北極圏でイヌイットと暮らし、その後フロリダに移り住んでフランス語系新聞の手伝いやラジオ番組のリポーターを勤めながら、マイアミ水族館で働く。

1957年、ジャックは、マイアミ水族館でイルカのクラウンと運命的な出会いをし、イルカの調教師を勤めるようになる。彼とクラウンはすぐにお互いの意志を伝え会えるまでの関係になり、彼はクラウンから水中での呼吸法や泳ぎ方を学ぶ。そして、この時彼は、人間がイルカのように水中に適応できる可能性があることに気づく。

その後、ジャックは、イルカたちを閉じこめて芸をさせるという水族館での仕事に疑問を抱くようになり、水族館をやめてケイコス諸島に移住し、素潜りによる伊勢エビ漁を島民に教える。

その頃になると周りの勧めでフリー・ダイビングに挑戦するようになり、1966年に60メートルを記録したのを皮切りにエンゾ・マイオルカと共に記録合戦を繰り広げた。

mayol0.jpg

1974年、彼はカテーテルを挿入した状態で潜水を行うという非常に危険な実験に挑む。これは、潜水中に体内の血液がどのように変化するのかを診るのが目的。すると、この実験から、イルカなど水棲ほ乳類独特の生理反応「ブラッド・シフト」が、人間でも起こりうることが、初めて確認された。これは、まさに生理学の世界における常識を覆す大発見だった。

1976年11月23日、人類史上初めて素潜りで100メートルを超える記録をつくる。1983年、56才の時、さらに水深105メートルへ到達。

1988年、自伝をもとにした映画「グラン・ブルー」がリュック・ベッソンによって製作され世界中の人にその存在を知られる。

ダイビングの第一線から引退した後は、イルカと人間との共存を訴えた。また、大の親日家でもあり、ヨーガを取り入れていた。晩年はうつ病を患っていた。

2001年12月23日、エルバ島の自宅の部屋で首吊り自殺をしているのが発見された。 遺体のそばのテーブルの上に、「グラン・ブルー」のビデオと、直前に出演したテレビ朝日の「グレートマザー物語」のビデオが置いてあった。 遺骨はトスカーナ湾に散骨された。享年74歳。
(このニュースを聞いてショックでした)

ジャック・マイヨールの著作

イルカと、海へ還る日

海の人々からの遺産

海の記憶を求めて

「私は唐津に完全に魅了されています。そしてここに来ると、家族を思い出し、初めて会ったイルカを思い出すのです。」

ジャック・マイヨールは、上海にいた子供時代、夏のバカンスを家族とともに毎年唐津の海で過ごしていました。

唐津は、マダム・エスカルゴーの父方の代々の地です。
ジャック・マイヨールと唐津の海の関係を知って、縁を感じました。

Jacques Mayol Offical Site

ジャック・マイヨールの自由な精神とイルカに導かれて到達した彼の世界観に魅了されているマダム・エスカルゴーです。

マダム・エスカルゴーも、何度か野生のイルカと泳いだことがあります。そしてとても神秘的な体験をしました。なので、ジャック・マイヨールがイルカに導かれたということ、よくわかります。

ジャック・マイヨールに生前お会いしたかったです。彼がこの地上からいなくなってしまって、とても寂しいマダム・エスカルゴーです。

このブログは、わが愛するジャック・マイヨールに捧げます(^.^)

mayol2.jpg

「私のささやかな経験から言えば、生と死は同じことの、裏と表のようなものです。 例えば赤ちゃんは生まれるとき、同時に死を通過しているのです。子宮の中にいる赤 ちゃんは、ちょうどグランブルーの世界にいるときと同じように、完全な平和の世界に生きています。そして、ひとたび誕生の時が来ると、へその緒を切られ、一度死 を通過して新しい次元に生まれ出るのです。
 これは人生も同じです。呼吸というへその緒が切れたとき、死を迎え、新しい次元 に生まれ出るのです。魂の世界で、大宇宙の母の子宮に戻るのです。」

「今という時をどう生きるかは、本当に大切なことです。未来のことを思いわずらう のではなく、今、この一瞬一瞬に、あるべき道を選んでいけば、明るい未来は自然に やってくるのだと私は思っています。」

「たしかに人間は何万年にわたって、進化を遂げてきました。しかし、決して変わっ てはいないものがあります。水の記憶です。生命の源です。私達の体や遺伝子の中に は、母の子宮の中や海の中で生きていた時代の記憶がはっきりと残っているのです。」

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アザラシの赤ちゃんの叫び!欧州議会が採択したこと!

フランス人元女優ブリジット・バルドーが反対運動をしています。

seals.jpg わたしをたたき殺さないで! タテゴトアザラシの赤ちゃん

アザラシの赤ちゃんは、保護色の白い毛におおわれています。
この白い毛皮を取るために、頭をたたき割られて殺されています。
その数、カナダだけでも3年間で100万頭という恐ろしい数です。

狩猟の目的は、毛皮です。
皮を剥(は)いだ後の体は捨てられます。⇒海外blogランキングへ

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posted by マダム・エスカルゴ at 00:32 | パリ | フランスで動物愛  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

フランス〜赤ちゃんの名前トップ10


Le Grand Blue version longue.jpg

2005年に生まれたフランスの赤ちゃんに付けられた
名前−トップ10です。

Les Garçons 男の子

1 Enzo     エンゾー     
2 Lucas    ルーカス     
3 Hugo     ユーゴ      
4 Thèo     テオ        
5 Thomas    トマ        
6 Mathis    マティス      
7 Nathan    ナタン      
8 Tom      トム        
9 Alexandre  アレクサンドル  
10 Louis     ルイ    
   

Les Filles 女の子

1 Emma   エマ
2 Léa     レア
3 Clara   クララ
4 Manon  マノン 
5 Chloé   クロエ
6 Camille  カミーユ
7 Lucie    ルーシー
8 Jade    ジャド
9 Ines    イネス
10 Sarah  サラ


世界的傾向か、フランスでも短い名前がはやっているようです。

1番のEnzoはラテン語から来ていて、意味は、無垢(むく)。
イタリア人の名前なのにフランス人が付け始めたようです。

le_grand_bleu_enzo_001.jpg

Enzoといえば「グランブルー」というジャック・マイヨールの体験をもとにした映画がありましたが、素もぐり世界記録に挑戦するライバルのイタリア人の名前が、Enzoエンゾー。ジャン・レノが演じていました。

ジャック・マイヨールについては、
わたしの記事「ジャック・マイヨール〜わたしが愛するフランス人」をご覧ください。

この映画は、フランス人監督リュック・ベッソン製作のフランス映画であること、エンゾー演じるジャン・レノがフランス人で、かつ人気俳優であることから、エンゾーという名がフランス人に人気なのかもしれません。

grand_bleu.gif


1番の女の子の名前、Emma(エマ)は、ラテン語の Emmanuelle(エマニュエル)から来たもの。
イギリス人に多い名前です。
エマ・トンプソンという英国女優ご存知ですか。
意味は、Dieu est avec nous つまり、神はわたしたちとともにいる!

emma thompson.jpg

2番、Lucas(ルカ)もイタリア人の名前。ラテン語のluxから来ていて、
意味は、 lumière 光! 
ステキな名前ではないですか。光!
フランス語では、Luc リュックなんですよね。

Lea レアは、ラテン語のlionne メス・ライオンから来ています。
レアって、映画「スターウォーズ」のプリンセスの名前じゃなかったかしら?
調べたら違いました。「スターウォーズ」の方は、Princess Leia!
Leia レイアでした。

3番、Hugo ユーゴは、ドイツ語から派生。intelligence 知性!
頭がいい子に育つでしょう!

Claraはラテン語で、これもイタリア人の名前。
フランス語の名前は、Claire (くレア)泉、清水のこと。
クララ・シューマンという有名なドイツの音楽家がいました。

ヨーロッパ人の名前にも色々意味があって調べるとおもしろいです。

Mちゃんのママは、近頃の子供の名前は、フランス人の名前じゃない子が多くて、いったいどこの国の子なんだ!と思ってしまう。
子供には、やっぱりフランス語の伝統的なきれいな響きの名前がいいわよ!と言っております(^_-)-☆

参考サイト(フランス語)

マダム・エスカルゴーお気に入りの名前は:

男の子なら、Olivier オリビエ  オリーブの木・実から来た名前!
南仏らしく、強く、元気がある名前!

女の子なら、Anne アンヌ  意味は、grâce 恵み 恩恵
Ann アンは 英語の名前。Anneは、フランス語。

Anneという名前で有名なひとは、太陽王ルイ14世の母、アンヌ・ドートリッシュ

あなたはどんな名前が好きですか。

因みに、2005年 日本の赤ちゃんの名前、トップテンは!

<男の子>
1位 翔(ショウ、カケル)
1位 大翔(ヒロト、ダイト、ツバサ、ハルト、ヤマト、
       タイガ、タイセイ、マサト)
3位 拓海(タクミ)
4位 翔太(ショウタ)
5位 颯太(ソウタ)
6位 翼(ツバサ)
7位 海斗(カイト)
7位 輝(ヒカル、キラ、ヒカリ)
9位 太陽(タイヨウ、タイガ、アサヒ)
9位 大和(ヤマト)

<女の子>
1位 陽菜(ヒナ、ハルナ、ヒナタ)
2位 さくら(サクラ)
3位 美咲(ミサキ、ミク)
4位 葵(アオイ)
4位 美羽(ミウ、ミハネ、ミユ)
6位 美優(ミユ、ミユウ)
7位 凜(リン)
8位 七海(ナナミ)
8位 美月(ミヅキ、ミツキ、ハルル、ミズキ)
8位 結属(ユイ)

男の子の名前の「太陽」!すごい名前ですね!(^^)!
フランス語でいえば、ソレイユ君。太陽王ルイ14世!
パワフルで、光をもたらすすごい子に育つでしょう。

7位の「輝」君は、
フランス人の赤ちゃんの名前トップ2のルーカス(Lucas)君=光ですね。

女の子の名前には「美」がやっぱり人気なんですね。
「子」という名前は、トップテンにはありません。
古風な名前になってしまったのでしょうか。○○子というのは。。

「美優」っていいですね。うつくしさとやさしさを兼ね備えた女の子!

漢字の世界もおもしろいです。

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posted by マダム・エスカルゴ at 18:02 | パリ ☀ | フランスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

フランス・ブルトンお隣のムッシューの犬 

Epagneul Breton2.jpg

フランス人のお気に入りの犬トップ10!!!で第7位に輝いた日本名「フランス・ブルトン」君。英名 Brittany Spaniel=ブリタニー・スパニエル、フランス名 レパニュール・ブルトン L'Epagneul Breton。フランスのケルト人の地、ブルターニュ地方原産の犬です(^^♪ 

このフランス・ブルトン君、日本では、まだほとんど知られていない犬です。従順で頭がよいので、猟犬ですが、家庭犬としも向いています。ただし、運動が大好きなので、たっぷりと運動させてあげる必要があります。最低、朝夕2回の運動〜散歩だけでは物足らないので、走らせることが必要。なんで、ジョッギングの共に良いかも!毎日ジョッギングしているひとにはお薦めのブリタニー・スパニエル!(^^)!

フランス・ブルトンは、世界最小のポインティング・ドックとして今では、世界中に知られています。

※ポインティング・ドッグとは、鳥の隠れた位置を独特の姿勢でハンターに教える犬のグループで、ポインター(指差す)種、セッター(伏せる)種に分かれます。


今朝、日曜日ですが、ちょっと買い物に出たら、お隣のムッシューが、犬の散歩から帰って来たところで、玄関でちょっと立ち話。

いつも気になっていた、このワンちゃんの種類。ついに今日は、聞けました。そしたら、なんと、先日、日曜日12時30分 3チャンネルでやっている "30 millions d'amis" 「トランテ・ミリオン・ダミ」という同名の動物愛護財団がやっているTV 番組に登場した犬で、フランスで人気7位の犬「フランス・ブルトン」でした。

嬉しい!ついに本物にご対面!スパニエル種だとは思っていたのですよ!でも、まさか、お隣さんの犬が「フランス・ブルトン」だとは、思いませんでした。このワンちゃん、わたしを見ると、いつも大興奮して、おおはしゃぎで飛びついてくるんです!(^^)! 女同士なんだけどね(笑) かわいい!でも・・・服がよだれで・・・(^^ゞ 

ムッシューは、30年パリに住んだのち退職されて、奥さまと南仏に移り住まれたとか。犬を飼うことは長年の夢だったそうです。パリでの夢を実現されて大満足のよう。ムッシューは、1日に3回も4回もお散歩に連れて行っています。幸せなワンちゃん。お隣の「フランス・ブルトン」は、4才半のメスです。

Epagneul Breton3.jpg

わたしが住んでいるアパルトマンの住人は、猫飼っているひとは、あんまりいなくて、ほとんどのひとが犬を飼っています。ラブラドールの大型犬を飼っているマダムもいます。

そのラブラドールは、年齢を聞いたら、確か18歳くらいでした。長生き!丸々と太って、とってもやさしいワンちゃん。マダムは、70歳くらいかな。。一人暮らしのよう。

日本は、玄関で靴を脱いで生活するので、お座敷犬以外は、庭のある一軒家でないと、犬を飼うことはむずかしいですよね。ペット禁止のところだらけだし!こっちは、小さなアパルトマンでも犬飼っているひとがたくさんいます。

マダム・エスカルゴーの夢も犬を飼うことですが。。一軒家に住んでからですねぇ。。うちには猫ちゃんが2匹もいるので。。猫ちゃんもお外が好きなので、我が家専用の庭が欲しい!

ところで、わたしが住んでいるアパルトマンの建物のまわりや、町の歩道は、犬のフンがすごいです。南仏の青空を気持ちよく眺めながら、歩いていたら........グシャ!(>_<) 

大変なことになりますぞ!ご注意遊ばせ!南仏に遊びに来られるあなた!


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「フランス・ブルトン」L'Épagneul Breton 日本語のファンサイト


20061105-1.JPG本日の南仏の秋の青空!
タグ:犬 イヌ 
posted by マダム・エスカルゴ at 23:16 | パリ 🌁 | フランスで動物愛  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

パリの有名シェフ「フランス料理に有田焼」

Dominique Bouchet1.jpg

ドミニク・ブシェ(Dominique Bouchet)さん
は、パリの「トゥール・ダルジャン」、
パリの最高級ホテル「クリヨン」の総料理長だったひとです。

「料理の鉄人」にも出演したことがあるとか。観たひといますか?
奥さまは日本人だとのことで、日本の大ファンだということです。⇒海外blogランキング  
続きを読む
posted by マダム・エスカルゴ at 22:11 | パリ 🌁 | フランスの食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

南仏の秋!光あふれる

martigues11-5.JPG

おとといからミストラルが吹き出して、気温がどんと下がった南仏です。
その代わり、きのうの南仏の空は、雲ひとつない青 あお 青!

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スカッと晴れわたった南仏の青空!爽(そう)快!さわやか!
光 ひかり 光!あふれる光の中を散歩しました。
まぶしい!

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まぶしい!といっても、夏の強烈な太陽に照らされた南仏のまぶしさではありません。

秋の日差し、落ち着いていて、やわらかくて、透明で、鮮明な南仏のまぶしさです。

東京の冬には、スカッとした快晴の日が多いですが、あの東京の快晴の日の光をもっとたくさんあふれさせたようなのが、南仏の光、南仏の快晴の日です。

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光にあふれた世界は、なにもかもが輝いて、美しい!
あらゆるものが、本来の美しさに輝いていました。

17世紀に建てられた教会も、古い家もアスファルトの道も、木々も葉っぱも!道行くひとも!

南仏の光に輝いている街の建物が神々しく見えたほどです。

お天道さまの光は、万人に等しく注がれる「神(宇宙の創造主)の贈りもの!」
つまり、「神(宇宙の創造主)の愛!」のように感じました。

それは、この地上で、たった今、あなたが、

自分は不幸だ!
わたしの人生悲しすぎ!
わたしの人生貧しすぎ!
退屈で死にそう!
いつもついていない!
なにもかも憎たらしい!
あいつを殺したい!などなど。。

たとえ、どんな状態であっても、
光の中に「神(宇宙の創造主)の愛!」が存在し、すべてのひと、もの、みんなに注がれている!

それに気づけば、

闇の世界から
瞬時に 光の世界に行くことができる!

のだと思いました。

それは、一瞬のことであってもいいのでしょう。

なぜなら、一瞬というのは、地球での時間間隔で、宇宙では、たぶん、永遠かもしれないからです。。


すみません。。
なんだか「バシャール」のようになってしまいました(・・?
バシャールをチャネリングしてしまったのかしら?

ジョーダン!

BASHAR(バシャール) 2006 バシャールが語る魂のブループリント

バシャールペーパーバック〈1〉ワクワクが人生の道標となる。


わけわからないひとは飛ばしてネ(笑)!


とにかく、光です!
お日さまの光の中にいましょう!
お日さまの光を見ましょう!
光の中で輝きましょう!

南仏にも遊びに来てね!(^^)!

martigues11-6.JPG

ミストラルのほうは、午後から、弱まりました。
でも、今日は、また少し、吹いています、ミストラル君!
I love You!



光あり落ち葉の中に神を見る

by マダム・エスカルゴー


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posted by マダム・エスカルゴ at 19:45 | パリ | 南仏の四季 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

さすらいの俳人 種田山頭火

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朝は澄みきっておだやかな流れひとすじ

by 種田山頭火(たねだ さんとうか)


種田山頭火は山口県が世界に誇る俳人です!

なあんて! 
マダム・エスカルゴーは、山口県出身なのでちょっと宣伝させてもらいます!(^^)!

他にも、金子みすゞ、中原中也、宇野千代、林芙美子、吉屋信子などの文人を生み出した県です!

ずっと人口が減少していて、1,486,238人(平成18年6月1日)大丈夫なのだろうかと心配になったりしているマダム・エスカルゴー!

そう、わたしも人口減少の原因です(+_+)
すまんちゃねぇ、山口のみなさま(^^ゞ南仏で元気にやっちょるから。。許して!(^^♪山口の宣伝もしちょるし!このブログで(笑)

平成18年って2006年のことでええそ?ホホホ、日本を離れて7年近くも経つとわからんちゃー!

別名、南仏 浦島花子です(笑)。

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本題、種田山頭火のこと行きます。

マダム・エスカルゴーは、俳句に興味を持つようになるまで、山頭火のことは、よく知りませんでした。酒飲みで、放浪して、型破りの俳句を作っていたひと!という記憶がかすかにあっただけ。実際の俳句を鑑賞したことは、なかったんです。なんか悲惨な人生だったような気がして、暗い!ということで、わたしの人生から排除(苦笑)。

このたび、俳句に恋しちゃったので、いきなり興味が湧いてきて、山頭火のことを調べ、山頭火の自由律俳句に少し触れました。

そして、いたく感動!!! 
山頭火の一生を読んだら、じーんと来て涙が出てきたほどです。

マダム・エスカルゴーも、年を取ったということでしょうか。
若い頃には、暗い!悲惨!ということで、目を向けなかった俳人の人生とその句を理解できるようになったということは。。


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種田山頭火の生涯です。

1882年12月3日(明治15年)-1940年10月11日(昭和15年)
享年57才。

明治・大正・昭和初期にかけての俳人。

自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人。

曹洞宗の僧侶。本名・種田正一。


山口県防府市(ほうふ)大道(だいどう)の大地主の出身。

11歳の時、母が自殺。井戸に身を投げたそうです。

父は放蕩三昧(ほうとうざんまい)で妾宅(しょうたく)通いと、さんざんな子供時代を過ごす。

現在の山口県立山口高等学校から早稲田大学文学部に入学。

大学時代から酒に溺れる。神経衰弱のため中退。帰郷。

そのうちにこの父子二人はみるみる財産を食いつぶし、なんとか立て直そうと酒蔵を経営する。

1910年(明治43年)結婚し一児をもうける−28才。

1911年(明治44年)荻原井泉水の主宰する俳句雑誌『層雲』に寄稿。

1913年(大正2年)井泉水の門下となる。

1916年には、『層雲』の選者に参加。

2年続けて酒を腐らせたことがきっかけで、1916年とうとう破産し、一家は離散した−34才。

妻子を連れ熊本市に移住。

古本屋を営むがうまくいかず、1920年(大正9年)離婚-38才。


妻子を捨てて東京へ出奔。

その後、弟と父親は自殺。


1923年(大正12年)関東大震災に遭い、熊本の元妻のもとへ逃げ帰る。

生活苦から自殺未遂をおこしたところを市内の報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に助けられ寺男となる。

1925年(大正14年)得度し「耕畝」と名乗る−43才。

しかし、それも長くは続かず、1926年(大正15年)妻にも一人息子(健)にも何も言わぬまま、44才で当てのない托鉢行脚の旅に出てしまう。


雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行う。

1932年(昭和7年)郷里山口の小郡町(おごおりちょう)(現・山口市小郡矢足)に「其中庵(ごちゅうあん)」を結庵−50才。

その後、湯田の風来居と移り住む。


1939年(昭和14年)松山市に移住し「一草庵」を結庵−57才。


翌年、1940年この庵で生涯を閉じた。

本人の希望通りのポックリ往生だった。享年57。

その亡骸は郷里防府の護国寺裏共同墓地に葬られた。


托鉢僧のなりはしているものの、ときどき羽目を外して、ただ酒を飲むは芸者と騒ぐわで、俳句仲間に多大な迷惑をかけた。

それなのになぜか多くの人に好かれ、しかもその中で珠玉の俳句を残した。

彼の俳句は自由律に属し、季語や字数にとらわれない特徴がある。

「無駄に無駄を重ねたやうな一生だつた、それに酒を注いで、そこから句が生まれたやうな一生だつた」

by 種田山頭火

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種田山頭火の句 − マダム・エスカルゴーお気に入り


雨だれの音も年とつた


鴉啼いてわたしも一人 (からすないてわたしもひとり)


まつすぐな道でさみしい


また見ることもない山が遠ざかる


濁れる水の流れつつ澄む (にごれるみずのながれつつすむ)


涸れきった川をわたる


日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ


酔ふてこおろぎと寝てゐたよ


山のしづけさは白い花


落葉ふる奥ふかく御仏を観る





俳句知り故郷身近になる秋ぞ

by マダム・エスカルゴー



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posted by マダム・エスカルゴ at 08:57 | パリ | 南仏俳句 短歌 川柳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

マルセイユ輝くシンボル〜ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院

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銀色の聖母マリア像−キリストを抱いている

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ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院
Basilique Notre Dame de La Garde
バジリック・ノートルダム・ド・ラ・ガルド
マルセイユの聖なる寺院です。

※バジリックとは、教皇が神聖なカトリック教会に与えた称号。

マルセイユの輝くシンボルです。
黄金色に輝くマリア像が寺院の上にあり、
南仏の太陽の光を受けて、マルセイユを照らしています。

聖母マリアの像は、赤ん坊のイエス・キリストを抱いています。

内部には、シルバーでできた銀色の聖母マリア像があります。

夜は、ライトアップされているので、
輝くマリア像が遠くからでも見えます。

154mの丘にそびえ、マルセイユのシンボルとして
親しまれるノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院。

1214年にここに最初の聖堂が建てられました。
1524年、フランソワ1世は砦の建設を命じます。

現在の大聖堂の姿はエスペランデューの設計による
ロマネスク・ビザンチン混合様式で、1864年の完成です。

特徴としては、豪華な建築材と洗練されたモザイクの内装にあります。
聖母マリア信仰のための神聖な場所を作り上げています。

寺院内部にはたくさんのエクス・ヴォート*(奉納品)が飾られており、
地元マルセイユの人たちの信仰の篤さを象徴しています。

寺院の頂上には高さ9.7メートルの黄金のマリア像が輝き、
見晴台からは最高に美しいマルセイユの眺望が開けます。

*エクス・ヴォートとは、願い事をした時や
恩恵を授かった時の記念として、
教会内部に掛けられた絵画やオブジェ、記念版など。

ノートルダム Notre Dame とは、英語で Our Lady
「われらの高貴な女性」つまり、
「聖母マリアさま」のことを指しています。

先日、初めて、
ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院を訪ねました。

カトリック信者でなくても、特にチャペルでは、
何か神聖なものを感じることができると思います。

ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院は、
マルセイユの聖地だと思います。

眺めは、最高!
寺院の展望台まで階段を上れば
マルセイユ市街と地中海がぐるりと見渡せて、
最高の眺めを満喫できます。

記念の品々を取り揃えたショップやカフェもあります。

観光でマルセイユを訪れた方は、
まず最初に、ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院を
訪ねていただきたいものです。

入場料は無料ですが、寺院維持のため、
ろうそくを買って火を灯してください(写真)。
キリスト教に抵抗のあるひとは、ろうそく代の箱にお金だけいれてもいいです。

旧港から、観光客用の観覧車が出ています(写真最後)。

赤ちゃんのイエス・キリストを抱いた聖母マリアさまは、
金色に輝いて、マルセイユを照らし、
守ってくれているのだなあと思いました。

聖母マリアさまの慈しみに満ちた深い母の愛が
マルセイユを包んでいるのです。

マルセイユは、もともと漁師が多いので、
漁と船の安全を聖母マリアさまに託したのでしょう。


※マルセイユの地元サッカーチーム=オリンピック・ド・マルセイユ(OM)
連敗しているんですけど、聖母マリアさま!OM見放さないで!!!


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タグ:マルセイユ
posted by マダム・エスカルゴ at 07:47 | パリ ☁ | フランス観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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