2015年01月08日

ルーブル美術館 無料で楽しんだ 2015年新春 第一日曜日

ルーブル美術館に先月の無料日に引き続き、年明けて、再度訪れる。今回は風邪で臥せってしまった夫を置いて、パリの友人K子と二人だけ。冷たい妻かもしれない・・・しかし、家に一日中こもっているのも気詰まりだし、風邪うつされたくないし。

常設展は通常12ユーロが無料。特別展は有料で13ユーロ、18歳未満は無料、地下2階ナポレオンホールにて。

CIMG2142.JPG

10月から3月までの半年間、第一日曜日、フランスの国立美術館・博物館は無料。

先月、12月の第一日曜日、久々にルーブル美術館訪問。9時の開館ぎりぎりに着いたが、地下入り口だったので、並ばずするすると入れた。すぐにモナリザ目指す。朝一番だったので、まだ人だかりが少なく、ロープの一番前で小さなモナリザの絵を鑑賞でき、おまけにモナリザ背景で、記念撮影もできた。

今回は、インフォメーションで、常設展のお勧めを聞く。新設の中世、ルネサンス、17・19世紀工芸品とのこと。前回観たと思ったが、他に特に観たいものがなかったので行く。途中でやっぱりここ来たと思い出すが、前回見落としたものもあり、やはり感動。豪華絢爛な工芸品、何度観てもステキ。満足。

9時から12時まで、ルーブル・リシュリュー翼2階を満喫。半地階のカフェで持参のフルーツを食べる。サンペリグリノを買ったら、50ccが3.40ユーロ、500円くらいした。

3時間で充分なルーブル美術館。外の行列が1キロメートル以上続いていたので、午後から混んだことでしょう。その前にさっさと観てチュイレリー公園に行ったのは正解。

CIMG2135.JPG

ルーブル美術館の入り口は全部で4箇所ある。なぜ、ほとんどの人は一番混む、地上階ピラミッドの中央入り口から入ろうとするのか。不思議。パリ1月初めの寒い屋外で1時間から2時間も入場を待つなんて・・・

日本だったら、マイクロホンを持った警備員が空いている入り口に誘導する。ルーブルの責任者は行列の人に無慈悲なのか。入り口の位置は美術館見取り図にきちんと記載されているって!?確かにごもっとも。でもこの地図、入場しないともらえないんですけど^^;
posted by マダム・エスカルゴ at 07:09 | パリ 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | パリ観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

フランス語サラザン=ガレットそば粉の朝ごはん

そば粉のガレット(クレープ)思い付きで作ったのが数日前。全粒粉の食パンを切らした朝、そば粉があったのを思い出して急きょ作ってみました。このそば粉はブルターニュで栽培されたものです。ブルターニュはやせた土地で年間通して寒い気候が小麦に適さないということで、昔からそばを栽培。そば粉のガレット(塩味)がパン代わりになっていたところです。

非常に簡単。水でそば粉を溶いて(味付けもせず)油もひかないで、テフロン加工のフライパンで両面焦げ目が少し付くくらいに熱してできあがり。ブルターニュ流のガレットは片面しか焼かないそうです。もともと熱した石にのせて焼いたとか。。石焼ソバか(笑)

フランス語コースで知り合ったお友だち(フィリピン人)からもらった手作りジャムを載せて熱々を紅茶とともにいただきました。香ばしいソバの香り。砂糖を加えず作った天然のやさしい甘みいっぱいのジャム(果物の名前忘れました)。

そば粉のクレープ

そば粉Sarrasin〜続き〜
posted by マダム・エスカルゴ at 19:07 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランスの食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

フランス語の1週間は7日間ではない!

フランス語の1週間が7日間ではないと最近知ってショックを受けているところです。
5年もフランスに住んでいるのに知りませんでした(>_<) トホホ!

フランス語で1週間とは、8日間のことなのです。
フランス語で2週間は14日間ではなくて15日間なのです。

une semaine (ユンヌ・スメンヌ)= huit jours (ウィット・ジュール)
deux semaines(ドゥ・スメンヌ) = quinze jours (キャーンズ・ジュール)

(例文)
Je reviens dans huit jours. = dans une semaine
「私は8日以内(1週間以内)に戻って来ます。」

つまり、今日をカウントしているから1日多いということでしょうね。


例えば、今日が火曜日とします。
1週間後は次の火曜日です。

フランス人の場合、1週間後は8日後、数えかたとしては
今日の火曜日から数え始めるのです。
たぶん例え、それが夜遅くに言ったとしても今日の分を1日数えるのです。

火水木金土日月火 = 8日間



フランス人に

dans quinze joursといわれて   

une semaine + un jour  のことだと思い違いしないように!


france neige フランス雪景色
posted by マダム・エスカルゴ at 23:10 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス語・仏語・フラ語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

「星の王子さま」"Le Petit Prince(ル・プチ・プランス)"。フランス人アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ"Antoine de Saint-Exupéry"の1943年に出版された作品です。あまりにも有名な本です。

子供の頃2回くらい読んですっかり忘れていたこの「星の王子さま」。最近、フランス語コースの教材としてふれることになり、ネットで検索。すると無料で全編(日本語もフランス語も)ダウンロードできることがわかったので紹介します。かつ、YouTubeで朗読も聴けるので、音声と動画(視覚)両方を無料で味わうこともできます。

インターネットのお陰で世界のどこにいても、不朽の名作「星の王子さま」が無料で読め、かつ、フランス語の学習に役立てることができる。すばらしい!テクノロジーの進歩と無料公開に感謝!

私はさっそく、YouTubeで「星の王子さま」を聴き始めました。なにせ、長いので少しずつ。次に、聴いた章だけ、フランス語の原文をノートに書き取り始めました。自分の手を使って書くという作業は、非効率だと思われるかもしれませんが、気持ちが深く入り、とても印象に残ります。

3つ目、どうしてもわからない箇所があったら、そこを日本語訳「星の王子さま」で確認(下のリンク2番)。それでもピンと来ない場合は、辞書でその単語を調べます。

「星の王子さま」を使った他によい学習方法があれば教えてください。

できれば、「星の王子さま」暗記できるくらいまで読み込みたいです。


フランス語「星の王子さま」を原文で読めるようになるとは、思ってもみなかったこと。語学学習とは、大変だけど、その国の文学作品を原文で読めるというすばらしいプレゼントが待っているのだな、とうれしくなったのでした。そうじゃなかったら。。。めげるよー。。喜びのない学習に進歩はない!時間のむだだー!

〜続き〜
posted by マダム・エスカルゴ at 00:25 | パリ ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | フランス語・仏語・フラ語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

フランスの恋〜ミシェル・サルドー「恋の病」 Michel Sardou - La Maladie D'amour

ミシェル・サルド−「恋の病」、Michel Sardou - La Maladie D'amour(ラ・マラディー・ダムール)。この歌はズバリ【癒しの歌】です(笑)。「恋の病」にかかっている人、かつて、「恋の病」にかかり傷ついたことがある人、そして、今でも「恋の病」から立ち直れないでいる人に捧げられた歌です。この曲が心の奥深くから暗い思いを光の世界に引っ張り出してくれて、溶かしてくれます。なんちゃって(^_-)

初めてこの歌を聴いたとき、感動で涙が出たほどです。フランス的な美しい調べと歌詞。力強く、誇り高く、美しく、生命力と生きる喜びに満ちあふれている。その調べが「恋の病」で打ちのめされ、傷ついた心の奥底までしみ込んで、生きる喜びを呼び覚ましてくれる!


〜続き〜
タグ:恋の病
posted by マダム・エスカルゴ at 09:12 | パリ | Comment(1) | TrackBack(0) | フランス音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

フランスはサントロペで生まれた

アタシ、フランス猫のトロペちゃん。2005年5月5日、日本のこどもの日生まれの女の子ニャン子だよ。よろしくニャン。

生まれが南仏コートダジュールのサントロペ(St.Tropez)という町だったので、ママが「トロペ」ってつけてくれたの。聖人の名前だし。

フランス猫トロペ

でもね、本当の名前は、ファナ(FANA)だった。生後5ヶ月でママが飼い主からアタシを引き取った時、変な名前だからって改名してくれたの。ママはね、ファナってファナティック(狂信的)のファナみたいで気持ち悪いから、幸福がたくさん来るようにいい名前にしようって、数秘学とかいうのを使って色々考えてつけてくれたんだよー。

〜続き〜
posted by マダム・エスカルゴ at 02:44 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランスで動物愛  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

フランス語文法 Conditionnel Présent 条件法現在

フランス語文法が苦手な私。YouTubeで音声と文字(視覚)両方から学べるお役立ちの動画を発見。

フランス語条件法現在形といえば、フランス語を勉強している人なら誰でも知っている表現、それは;

Je voudrais
......

「〜が欲しい」のていねい表現。


条件法現在形、動詞の活用の仕方がよくまとまっています。
英語圏の人用のフランス語学習の動画ですが、
条件法の知識が少しあればむずかしくありません。



フランス語 Aimer。「好き」という動詞の不定形。


Aimer - Conditionnel Présent

j'aimerais
tu aimerais
il aimerait
nous aimerions
vous aimeriez
ils aimeraient

posted by マダム・エスカルゴ at 00:00 | パリ | Comment(1) | TrackBack(0) | フランス語・仏語・フラ語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

rivièreとfleuveフランス語の「川」

rivière [rivjɛr] リヴィエールとfleuve [flɶv] フラーヴ。どちらも日本語では「川」。

最近知ったことですが、このフランス語の「川」 "rivière" と"fleuve" 大きな違いがあるのです。

フランス語のfleuveとは海に注ぎ込む川のこと。rivièreとはfleuveに注ぎ込む川、つまり支流のことです。英語の"river"は、海に注ぎ込む川と支流どちらの意味にもなっています。

"rivière"は女性名詞、 "fleuve"は男性名詞です。

〜続き〜
posted by マダム・エスカルゴ at 00:00 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス語・仏語・フラ語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月26日

ドビッシーの生家と「月の光(clair de lune)」

ドビッシー(Claude Achille Debussy クロード・アシル・ドビュッシー)、フランスの作曲家。なんとサン・ジェルマン・アン・レイ生まれ。1862年8月22日 - 1918年3月25日の人です。ドビッシーの生家は今、一階がサン・ジェルマン・アン・レイ市の観光案内所になっているのですぐわかりますよ。

有名なドビッシーの曲、きっとだれでも知っている曲は、「月の光(clair de lune)」でしょう。

この「月の光(clair de lune)」久々聴いて感動。ドビッシー天才!「月の光(clair de lune)」には、光と幸福な微笑みと愛があふれている!なんてすてきな明るい曲。ふさぎこんでいる人にぴったり。精神を高揚してくれますよ。

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Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

Claude Achille Debussyドビッシーの生家 サン・ジェルマン・アン・レイ市

最後に、YouTubeで見つけた「月の光(clair de lune)」ぜひ聴いていただきたいと思います。ドビッシーのこの「月の光(clair de lune)」に幻想的な映像がとてもよくマッチしています。


posted by マダム・エスカルゴ at 08:13 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | パリ郊外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

サン・ジェルマン・アン・レイのお城

RER(Saint-Germain-en-Laye)の駅を出たら目の前にそびえているサン・ジェルマン・アン・レイ城。大きくてりっぱな城ですよ。

そもそも、最初の城がこの地にできたのは1122年ルイ4世の時代でした。その後ルイ11世によって1230年代に拡張されました。城の中には、ルイ11世のためのサン・ルイ礼拝堂(ゴシック建築)があります。

パリ郊外 Saint-Germain-en-Laye サン・ジェルマン・アン・レイ城

1346年、城はイングランドのエドワード黒太子に跡形もなく焼き払われますが、ゴシック建築のサン・ルイ礼拝堂は免れます。1360年代にフランス王シャルル5世により同じ場所に城が再建されます。

1539年、フランソワ1世により城の改築が行なわれます。サン・ジェルマン・アン・レイ城で生まれたフランソワ1世の息子アンリ2世(1519−1559)は、新しい城(Chateau-Neuf de Saint-Germain-en-Laye シャトー・ヌフ)をすぐそばに建てます。

パリ郊外 Saint-Germain-en-Laye サン・ジェルマン・アン・レイの城

1638年、太陽王ルイ14世がサン・ジェルマン・アン・レイ城で生まれます。父はルイ13世。母は王妃アンヌ・ドートリッシュです。

ルイ14世が好んだのは、新しい城(シャトー・ヌフ)ではなく、古い城(シャトー・ヴュー)のほうでした。ルイ14世は、シャトー・ヌフを捨てたので、1660年代に解体されました。残っていなくて残念です。

ルイ14世はヴェルサイユ宮殿に移るまでサン・ジェルマン・アン・レイ城に住んでいました。

イングランド王ジェームズ2世がカトリック教徒であったことから名誉革命が起き、ジェームズ2世は王位を追われ、フランスに亡命しました。ルイ14世の好意でサン・ジェルマン・アン・レイ城を譲られ(1688年)、没するまでの13年間をこの城で過ごしました(67才)。遺体はそばのサン・ジェルマン教会に埋葬されています。娘のルイザ・マリア・テレザ・スチュアートはこの城で生まれましたが、この城で19歳で亡くなり、パリの聖ベネディクト教会に埋葬されています。ジェームス2世の子孫たちは、フランス革命の時までこの城に住み、1793年に城を去りました。

パリ郊外 Saint-Germain-en-Laye サン・ジェルマン・アン・レイの城

19世紀に入ると、ナポレオン1世がこの城に騎馬隊将校訓練校を設置します。1862年、ナポレオン3世は、城の修復をし、1867年城は「国立古代遺物博物館 Musée des Antiquités Nationales 」になります。

1919年9月10日、サン・ジェルマン・アン・レイ条約(サン・ジェルマン条約)がこの城で結ばれました。サン・ジェルマン・アン・レイ条約とは、第一次世界大戦の終結後、連合国側とオーストリアの間で結ばれた条約です。

1940年から1944年、ドイツ軍によるフランス支配下では、サン・ジェルマン・アン・レイ城にドイツ軍司令部が置かれました。

2005年博物館は「国立考古学博物館 Musée d'Archéologie Nationale」と名前を変え、旧石器時代(200万年前)からメロヴィング朝(481年 - 751年)までの遺物が展示されています。メロヴィング朝とは、フランク族(西ゲルマン人)が築いたフランク王国の最初の王朝のことです。

パリ郊外 Saint-Germain-en-Laye サン・ジェルマン・アン・レイの城
posted by マダム・エスカルゴ at 06:14 | パリ ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | パリ郊外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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